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芥川前哨

芥川龍之介は次回が本題

今回は前哨


芥川龍之介は天才であり、若き天才と呼ばれ、そして自分自身もそれを認知していた人だと思います
しかし、彼の谷崎潤一郎への書簡や、他の作家とのふれあいをみたり、
自分の小説の本人のあとがきや、解説などをみると、
とても腰の低いひとであるのです
でもここは
腰が低いのは自分に才能がないとか人より劣っているとか思っているのではない、と感じます
レベルが違うんですよ
違う次元にいるんです
それを本人も認識している
だから他と比べるでなく、自分の理想の位置にはまだまだだと思っている
ゆえに腰が低い
そう感じます

で、今回は彼の持病の話です

この時期の作家には死に向かって完成する作家と、生き抜いて完成する作家がいると
わたしは思っています
彼は死んで完成する作家
いえ、わたしがそう思うのでなく、彼自身がそう思っていた、と感じる作家
夭折したかったのです彼は

彼の遺書には「将来に対する漠然とした不安」という理由が書かれていました
この「漠然な不安」
これ以上不安なことがこの世にあるだろうか
何をすればいいのか
何が障害なのか
何が不安なのか
それをわかっているときは
それに向かって解決してゆけるのです
しかし何が不安だかわからない
この状態こそが彼をあらわしている
そしてその一因に、今では医学的に完全解明されていなくとも、
病名はわかっている「偏頭痛」
彼は偏頭痛持ちで、ときに自分の目の前に歯車のような光の斑点がみえることに、
不安を持っていました
彼はこれを「血筋」のせいか…と関連付けようとしていたところもあり、
そのような書簡も残っています

この歯車ですね、
偏頭痛の特徴で目の前がチカチカする
音に敏感になる
光がまぶしく感じる
これが自分を苛む死の歯車、いいかえれば救いの歯車でもあったのだろうか
などと考えたりもしたと残している


この歯車についてはちょっと不思議な話があります

うちの娘っこも偏頭痛持ちです
過去形、でした
普通の頭痛薬は効かなくてマクサルト服用していて現在はよくなってる

17歳くらいの頃、ある夢をみたそうです
偏頭痛で頭が痛くて朦朧としてたとき、
目の前に歯車があらわれて、半ば夢の中です
その夢では
テーブルを挟み、自分の向かい合わせに誰か座っている
誰だかはその時点でわからない
そして、その人は
「いやー僕もそうだったんだよね」
「その歯車は偏頭痛だよ」

言われたそうで

この時点で娘は芥川が偏頭痛持ちだとは知りません
後で、芥川のことを書いた書籍をみて、彼が偏頭痛による
「歯車」に苛まれていたと知った

娘が言うには、
「あのとき、誰か見覚えある人だってのはわかったんだけど誰かわからなかったんだよねー」
「なんかすごい励まされたんだよねー」
「原因がわかってよかった」

まあ、夢なんですが
人はそういうことでも気が楽になったりするものなんでしょう
ちょっとしたことで
ささいなことで
幸せにもなるし、不安にもなる

芥川は「漠然とした不安」を解消してくれたそうです

偶然であり、夢であるけれども、面白い偶然だと思いました

彼が持っていた漠然とした最大級の不安
それを遺書に書きこの世を去って夭逝した彼が、
同じく不安な者を救い上げるというこの偶然が
面白いな、と思うのです

そんなわけで、芥川前哨、本番はシェークスピアと合わせて
思っていることを長々と書きたいと思います

長々と
でも太宰よりは長くならないかな


※ 2009年02月22日(日)記事より転記
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