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芥川龍之介

教科書にも載っているので、
誰でも一度は読んだことがあるだろう、芥川龍之介
たぶん漏らしていないと思うが全作品読んでいる

前回、『芥川前哨 』(リンクあり)でいったように若き天才
そして、その自分の才は十分自覚しており、
けれど自分の目指すべきところに到達していないとの意識により
腰の低かった人だなあと前回書いている

この人は夭折せねば完成しなかった
…と、つくづく思うのは彼の死の直前、後期の作品からによる
芥川を思うとき、作品を読んだとき、
これほど結論をこちらに投げかけてくる作家がいるだろうかということを思う
つまりこの人はボーダーレスなのだ、と強く感じる

世間一般に善いこと、悪いこと、小さいこと、大きいこと、
このすべてが通常の感覚でない
彼の残した言葉の中に、
「わたしは神を信じてゐない。しかし神経を信じてゐる。」
「わたしは良心を持つてゐない。わたしの持つてゐるのは神経ばかりである。」
というものがある

彼は自分の感覚にものすごく自信を持っていた人間だったと思うのだ
しかし
それは他の人にも言えることであり、自分自身の作品(つまり芥川が芥川の作品を)、
表現が素晴らしいと自身が思えど
そのことは他の者も自身の作品が素晴らしいと思うのだということをきっちり認めている
つまり「自分(芥川)を認めろ」と他に強制はしない
他人もその人自身が自分の表現が素晴らしいと思っていても当然なのだ、と
他人に対して自分が上であるか下であるかよりも
己の高みをどこにすえるか、に重点がある

彼の腰の低さはここにあらわれ、古典を書くときにも、後書きに
(わたしでこの古典を表現しきれたかどうか)…と書いたりしている
夏目漱石に可愛がられ、そのボーダーのない感覚、
物事をみる視点の独特さ、言葉のちりばめ方などに、
自らの信じる「神経」を駆使して表現し、
それが素晴らしいと思いながらも緩慢な自信を持つことはできない

その独特さ、ボーダーレスさは作品にあらわれ、
慢心しきれない想いは後書きにあらわれる


実は芥川だけは
人に感想を聞いてみたい作品がある

好きな作家ベスト3にあげている、
アイザック・アシモフ氏や三浦綾子氏、武者小路実篤氏などは
感想なんて聞かなくても全然いい
聞きたいと特に思わない
(でも書いてあったら読みたい)

それでも芥川の場合、
「地獄変」
「藪の中」
この2作品は芥川を読んだことがある、という人には必ず聞く
どう思う?と

ものすごく興味がある
この2作品はかなりの試金石だと思うからだ
結論を投げかけてくる芥川の作品の中で、特にこちらのラインを明確にしてくる作品だと思う
※補足
具体的に一例を出すと、「地獄変」を読んだ場合、誰が諸悪の根源だと思う?ってこと
娘か父親か殿様か
芥川は小説の中で決してこいつのせいでこうなった…とは書かない
読む側が、受け取る側がこいつだな…と思う
そこで自分のボーダーを知る
わたしは芥川が言いたいことはここな気がする
自分の「神経」
ああ…そういうことか…と腑に落ちる
「事」に対しての「持論」「境界線」「許容範囲」
いろんなラインを意識する
そういう意味でこの2作品の感想に興味がある
※補足終わり


よく教科書に載っているのは「羅生門」や「蜘蛛の糸」など
最近はわからないが、わたしの子供が学生のころは「羅生門」が載っていた
自分が子供の頃に読んだ作品、「蜘蛛の糸」は、
学校でならう国語としては
悪いことをすれば地獄に落ち、自分だけ助かろうと思うとろくなことがない
こんな答えが正解にすえられる

今読むと本当に
芥川はそれがいいたかったか?
と思うことがある
そこさえも実はこちらに投げかけている
これももちろん正解で、あなたの「神経」で感じたことが真実だ、と
いつも言われている気になる

芥川は日本のシェークスピアだ、と感じる
古典をやる、という点でもそうだが、
その時代や倫理観、土地や環境によって、
それぞれ変わる意識や、定石
そういったものが受け取り手によってかなり違う感想を持つ作品を書くところ、
シェークスピアは原文で読めとよく言われるが(わたしは挫折した)、
訳によってかなり違う受け取り方になる
あれだけ翻訳がでているのは、もちろん需要もあれど、
訳する人によって違いがあり、訳してみたい作品なんではないだろうか
人からもらう、受け取る作品でありならがなんと自分が映し出されるのか
ここがシェークスピアも芥川も顕著であるな、と思う

この自分の「神経」をみつめた芥川は昭和にはいっていくつかの作品を残し、
将来に対する漠然とした不安という理由で自ら命を絶った

前回も書いたが、漠然とした不安ほど不安なものはない
彼の感覚、彼の信じる「神経」がその道を選ばせたのか
原因には諸説あり、彼の母が発狂した姿をみて、
自分もその血を受け継いでいるのではないかと案じていたことも書に残っている
そして前回書いた、目を閉じて見える歯車(偏頭痛)
それは想像でしかないけれども、
その漠然とした不安は彼のもっていた自信を以ってしても、
不安を凌駕することはなかったのだろう
35歳の死
この死も若すぎると思うのは受け取る側の感覚だ

彼は…?
どう思っていたのか

あれほど自分の文学の置き所を高みに据え置いていた芥川
この若き天才は自分のめざすところに手が届いたのではないだろうか
しかし、届いた後のことはわからない
その先に何が待ち受けているのか
自分が望まないことなのか
だからこそ、閉幕したのではないだろうか自らの手で

この良し悪しさえも芥川は投げかけてくる

この部分の彼の真実を、彼の口から聞くことはない
彼は、自分の作品を読み、
自身の「神経」でとらえろと言っているのか
作品を読むしかもう、彼を捉える術はなく、
それが唯一、芥川が残したかったものを知る方法なのだ

読むのは好きに読めばいいのだけれど、
人によってさまざまな感想を残す彼の作品
そこが芥川が望んだことならば、そのいろいろな感想も
彼は聞きたかったと思う
自分の感覚や神経を信じながらもまわりが気になる
そこもまた、芥川っぽいなあとつくづく思う

芥川を読むときは自分を知る
自分のラインをあらためて認識する
わたしはいつもこのように感じる

そして人の感想もきいてみたい
それは自分にとって、日本作家で彼が唯一なのである




余談

彼はアフォリズムを活用した作品をよく残してましたが
このアフォリズムとは格言のこと
芸人さんのバカリズムはたぶんこれをもじったのかな
…と文学好きな人なのかな~?って興味持ちました
そういう引っ掛かりで注目するってことはあるよね
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| 小説 | 00:01 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

谷崎潤一郎氏
これで始まる人物像を描写した文章には、待ち合わせをしたときの様子から、相手の立ち居振る舞いや服装を自分と比べて、それに関する詳細な主観が展開しているのが面白いのね。
及ぶはずもない。と言いながら阿諛追従とは違う。

古典表現も誰が芥川以上の表現をできるのか?と思うのに僕では力不足だって言ってみたりする。
僕にはできない←ニケが言う意味とは全然違うね!

天才だよー。
だから土下座するくらい芥川賞がほしいんだお(^ω^)

| hina | 2011/11/08 01:40 | URL | >> EDIT

hinaちゃん

> 谷崎潤一郎氏
> これで始まる人物像を描写した文章には、待ち合わせをしたときの様子から、相手の立ち居振る舞いや服装を自分と比べて、それに関する詳細な主観が展開しているのが面白いのね。
> 及ぶはずもない。と言いながら阿諛追従とは違う。

おもしろいね
夏目せんせいや武者せんせいは絶対生き抜いて完成するって感じる
でも芥川はどうしてもそう思えない
まあれだ
川端先生の自殺が一番衝撃的だけどな


> 古典表現も誰が芥川以上の表現をできるのか?と思うのに僕では力不足だって言ってみたりする。
> 僕にはできない←ニケが言う意味とは全然違うね!

そりゃまったく違うね
ニケくらい心のこもってない手紙なかなか書けないわ


> 天才だよー。
> だから土下座するくらい芥川賞がほしいんだお(^ω^)

【選考前】
芥川賞をわたしにください!○| ̄|_

【選考後】
あんな二流三流のやつらと一緒にされたのがたまらなく不愉快だ( ゜д゜)、ペッ

ここが太宰のすごいところだ

| おくやぷ | 2011/11/09 08:42 | URL | >> EDIT

教科書の芥川氏はおいてけぼり感満載でしたー

たしか小4ぐらいの教科書で出てきて
ポカーンでした。

それまでのラインナップはほわふわ~薄いグリーンピーンクだったのに
芥川氏のカンタダで原色ドカーンな感じでした。

強烈なイメージだけがいまだに残ってます。

食わず嫌いだったのですが、
じっくり読み進めてこーと思います。

| モラン | 2011/11/09 10:48 | URL |

モランさん

> 教科書の芥川氏はおいてけぼり感満載でしたー

そうですね
もう空間が違いましたね


> たしか小4ぐらいの教科書で出てきて
> ポカーンでした。
> それまでのラインナップはほわふわ~薄いグリーンピーンクだったのに
> 芥川氏のカンタダで原色ドカーンな感じでした。

芋虫が幸せのだんごを拾う様な話の中に
いわさきちひろがメルヒェンな詩を漂わせる中に
芥川
違和感あるわー

> 強烈なイメージだけがいまだに残ってます。
> 食わず嫌いだったのですが、
> じっくり読み進めてこーと思います。

タイミング合えば
タイミングですよタイミング
この世で一番肝心なのは素敵なタイミングって九ちゃんも言ってたし

それはそうと聖☆お兄さんの7巻みた?←唐突
わたしはペトロとアンデレ兄弟がだいだい大好きなんだけど、
あの宴会シーンの数ページが一番うけたよ!

| おくやぷ | 2011/11/10 04:23 | URL | >> EDIT















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