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武者小路実篤

今までに好きな作家BEST3で

第1位アイザック・アシモフ(記事「原因と結果 」)
第2位三浦綾子(記事「三浦綾子さんについて 」)ときまして、
第3位にあげている武者せんせーです。

この順位はあってないようなものではあるんです。
3位については明治から昭和初期の文豪はほとんど好きで
その中でなぜ武者先生かって話です。

10代の頃より小説は読んでいましたが
特に武者小路実篤に傾倒したのは30代になってから。
小説が好き、というよりは。
生き方そのものです。
それが小説や絵にあらわれている方。武者小路実篤

語るには武者先生の周りにいた人のお話をするのが一番近道な気がします。
武者小路実篤は当時いろんな派のあった中、白樺派 という一派に属してました。
メンバーは志賀直哉や有島武郎など。
小説も自分の内なるものを晒すものだと思うんですけどね、
自分が特に面白いと思うのは人物像を執筆したものです。
芥川が語る谷崎、森鴎外が語る夏目、三島が語る太宰・・・もろもろ
その対象を語っているようで実のところ自分を語っていると考えます。
同じ対象の話をしても方向性が変わる。方向性が同じでも表現が違う。
表現が似ていてもどこか違ってくるんです。
語っている本人、その人物像が浮き上がってくる。
そして語られる対象に共通項があれば対象側を見る目に刷り込みがなされます。
同じ時代を生きてませんし直接関わってないので
これプラス小説をみて思ったことがその作家に対するイメージです。

はい、そこで武者小路実篤
この方は共通して鷹揚だといろんな方々に言われています。
志賀や有島が「彼がいたからやってこれた・・・」と話すのも
そのおおらかさにあったのではないでしょうか。
小説もおおらかですしね。
このとき武者小路実篤は彼らよりずっと年下です、が、心の支えというのは
そういったものは関係ないのでしょう。
有島は自分に誠実すぎて情死という最期を迎えました。
これは関係性含めていつか自分が思ったことを書いてみたいです。またの機会に。
有島がかかえていた苦悩を、では武者小路は感じていなかったか。
わたしは感じてはいたと思うんですよ。
白樺派は人道主義、理想主義と称され、やや楽観的だと評されていた部分もあります。
それに上流階級の者が多かったですから、貧困や苦しさから生まれる文学とは
一線を画していた感もあり、『あいつら苦労してないからあんなことがいえるんだろう』
的なものに悩まされることもあったと。
だがしかし武者小路実篤はそこで支えとなりえた。

性善説というのは圧倒的な自己肯定から成ると思うんです。
なにかができなくなるのはいつからか、それを疑ったときから。
鋭敏な感覚を持った者は武者先生に癒しや安らぎを求めていたと思います。
自分を肯定しきれない者達が、
圧倒的に自分を肯定し、他も受け入れる彼に寄っていったのは必然だろうなと。
そして自分にない感覚の者を、可愛がったのもまた武者先生です。

顕著なエピソードがあります。
白樺派ではないんですが岸田劉生 という画家がいまして
武者先生は彼を大変可愛がっていました。
「麗子微笑」 などが有名な方ですね。
この人はかなりエキセントリックな人で、
家族仲良く気分良く、道を歩いていたときに、
打ち水が腕にちょっと掛かっただけでその部分を指し
「俺の腕を切れ!」
と叫びだす人で
麗子ちゃんの肖像を描くときも、当時5歳の子供に
休みも与えず、ずっと同じポーズを5時間もさせていたという逸話もあり、
自分の才能を信じて、その創作に妥協しなかった人ですね。
そういう人の周りはそりゃ大変だったと思います。奥様も麗子ちゃんも。
友達もひとり去り、ふたり去りしていったときに、
その才能を愛して援助を惜しまなかったのが武者小路実篤でありました。

まーとにかく広いんですよ武者先生。いろんなものが。
今で言うと鈍感力というんですかね。
もちろん感受性は豊かな方だと思うんですよ。
大きくて広い。

武者小路実篤が絵を描き始めたのは40歳を超えてからです。
亡くなったのは90歳ですが80歳超えてもずっといろんな創作に
打ち込み続け、世の中を、海を山を空を、植物を、動物を、人を。
いろんなものを愛して自分も肯定して生き、生命力あふれる武者先生。
理想主義だと笑った人々よ、みてちょーだい。
90歳で現世を去るまでこの生き方を貫き通したらまごうこと無き真実でしょ。

このエピソードは置いておいても、その作品をみれば
武者先生の広さが実感できると思います。

「友情」が有名ですが、それより更にああ、自分肯定してるなって
思うのは「真理先生」のシリーズです。
変わったところで「お目でたき人」現代で言うとストーカーの話です。
それと、
「人生は楽ではない。そこが面白いとしておく。―武者小路実篤画文集」

この辺りは武者小路実篤全開
特に、「お目でたき人」
これは書く人によって全然違う話になるでしょう。
でも武者せんせいだからこうなる。
という面で彼のベースが垣間見える小説です。

今は青空文庫 などで本を買わなくてもお手軽に読める・・・いい時代になったなあ。
でも残念ながら武者小路実篤は載ってません。
武者先生長生きされましたからねー。著作がまだ切れてないんですね。

それでも気になられたならば、図書館か購入かで
武者先生の生命力を感じてみてください。


次回はあれですね、三島と太宰あたり。
太宰については無頼派(坂口安吾や壇一雄など)も絡めていろいろと。
あと有島。自然主義だった国木田独歩との交友関係とかですね。
この頃の文学界って縦と横と入り乱れて本当に面白いです。
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