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6月録

※2009年07月07日(火) 転載

初読み
・文豪悪食   嵐山光三郎  新潮文庫
・文豪暴食   嵐山光三郎  新潮文庫
・猫町      萩原朔太郎  パロル舎


既読の再読
・在りし日の歌  中原中也  青空文庫
・山羊の歌    中原中也  青空文庫
・草木塔     種田山頭火  日本図書センター



初読みについて

嵐山光三郎さんの文豪シリーズは大変興味深い
「何か」「誰か」について書くという行為は、
実は書いてる対象ではなく、
そのものに反射し自分の考えや姿勢が少なからず露見するものである
そういう観点で嵐山光三郎さんに限らず、
文豪の「○○宛ての書簡」や、「遺書」、「公開されている手紙」などを拝見してきた

この本は嵐山さんが完全にはいっておりながら、
エピソードとしては事実
そこをどうとらえるかはその人次第で、
その「捉え方」が魅力的なんである

猫町
関連記事 → 『猫町 』
トリップに最適



既読の再読

種田山頭火について
この方は俳人
しかし、五七五の俳句や、五七五七七の短歌と違い、
音数にとらわれない自由律の俳人として著名である
自由律といいながらもなんらかの律がある
氏ににおいては山頭火律といってもよいのではないだろうか
確かに現在のわが国の俳句、短歌、川柳の語呂、
五七調は慣れ親しんだものであるが、
心の機微、心象、風景、などをあらわす事に、型にとらわれすぎても
伝わらぬものだなあと、この方の俳句を読むと思う
御心を音数にとらわれず表現しながらも心地よい律

まあ歌は
自由に詠めばよいのだなと
出来不出来はまた別のお話で
しかしながら型を知らずして型破りなし
型にそってあてはめてこその面白みもある
決め打ちもいいけれど、先入観だけでは狭くなる
感覚と感性だけではどんなに素晴らしいものを持っていても
言葉の範疇で表現しきれない
知識や勉強もやはりなくてはならないのだ
難しく考えろと言ってるのではない
赤ちゃんがどんなに素晴らしい感性を持っていても泣くしか知らせる方法がないということである
そこを伝えるには「ある程度」なにかが「要る」ということ
型破りをする人は型もできている
そういうことを考えたくなる人

この俳号、山頭火(さんとうか)

山頭火とは納音のひとつです
納音(なっちん)
干支の60をそれぞれ陰陽五行説などで分類したもの
木・火・土・金・水の五行に分類され、
それに形容詞がつけられて、30にわかれ
この30に干支があてはめられている
なので、○○火とか○○土とかが
木・火・土・金・水それぞれ6種類づつあるわけだ

載せるか…?
長くなるので次の機会に載せよう
山頭火に該当する干支は甲戌・乙亥であるが、
彼はこの響きが気に入っただけで、この言葉に割り振られた干支の生まれではない
あとはこの俳号を使っている歌人では井泉水(せいせんすい)が有名か

外国諸国の言葉を知るのもいいけれど
日本語はまだまだ奥が深く面白い
これほど多様で、表現が細やかで美しく、
オノマトペという独自性を持った言語が世界にあるだろうか
色の表現、季節の表現において日本語の繊細さを見よ
うーん素晴らしいね

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