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牛肉と馬鈴薯 国木田独歩について私感

完全なる私感であります


独歩の絶望

その絶望をかかえて生きることはなんてことはないことなのだ
全然生きられてしまうのだ
これ以上の哀しみはないと思えた恋人との別離にさえ冷静にその状況を見つめる自分がいる
熱くなりきれない 
自分を見失えない
ボロボロに打ちのめされたい欲求が体の、心の奥底に常にある
だから彼の分身である岡本はこれが手に入るならば他のものは何もいらない
どんなことになってもいい、と断言する

それは”驚き”

しかしそれを言うのは自分が今後、
前後不覚になるほどの衝撃を受けることはないとぼんやりと認識しているからだろう
主義や主張などどうでもいい
それを逆手にとって自分の中の絶望をおもしろおかしく話す
生きてはゆけるし毎日の営みができないほど悩んでもいない
底根にあるものに気づいてしまった
ただそれだけだ
独歩は気づいてしまった人間だ

編集という仕事にたずさわっていたのも
なりきれない自分を見ていたのかもしれないと思う

そこにあこがれる自分とそうはなりえない自分をしっかり認めており
それなりに楽しく、ときに牛肉のような快楽を、ときに馬鈴薯のような理想を
どちらも追うことができる
そしてそんな自分に絶望している
しかしこの絶望も独歩を揺るがす絶望ではないのだと思う
これからも一緒に人生を歩んでいく相棒

そして望みながらも永遠を信じない彼は
いつの日かこの絶望と別れられるときが来るのかもしれない、
そんな日がもしかしたらあるのかもしれないという願いも併せ持っている
でなければ人に話したりしない

そしてそれに気づいた近藤
近藤のような人物、自分の絶望に気がついてくれる人物がいるならば
その道を天命つきるまで抱えてあるいて行けたはず


独歩は病気で亡くなったけれど
決して自分から命をたつことはなかったと思う
絶望と心中しただろう
最期の自分の死も彼にとっては自分を揺るがすものではなかった気がする



しらかば派について(独歩との対比)
理想主義
ここが自分の場所ではないと感じたならばすり寄りはしない
しかしその理想を否定はしない
できるならば叶えてもらいたい
武者小路や志賀を中心としてしらかばというのは誰でも踏み入れるサロンではなかったように考える
まず階級、育ちもあるだろう
そしてそこから生まれる圧倒的自己肯定
この肯定はいろんなことに気づいてしまうとなかなかできない人種がいる
気づいてもあえて肯定できる人種もいる
自分の居場所というものは選ぶこともできるが大体は用意されているのものがはじまりで
そこから何を考えどう踏み出すのか

とにかく武者小路という人はなぜ中心的な人物になりえたのかと主観で考察すれば
この人は鋭敏な感覚を持っていない人だと思うのだ
鈍感といってしまうと語弊がある
ものごとを面で受け止める人

年齢的には年上のものも年下のものも彼に何かを求めた
それは自己肯定であると思う揺るがない自己肯定
周りには鋭敏な感覚のものが集まっていてそのものたちを大きく受け止めた武者小路
自分を肯定しながらも自分にない感覚を持つものたちを愛でた大きく太い人
今で言うなら癒しなのか
そんなことばでいいのか

武者小路のまわりに集まるものは圧倒的に前をみて自分を肯定するこの人に
己の存在も肯定してほしかった人たちだったのでははないだろうか

気づいていたのかいなかったのかそんなことはわからない今となってはわからない
しかし有島も志賀も武者小路をある種の拠り所にしていたのは確かで
そしてその鋭敏な魂を包んでいたことも”あった”ことだ

有島は己に誠実すぎた
身軽でありたいと思ってもすべてを捨てることもすべてを捧げることも
緩やかに生きていくならば困難だ
いくら願っても
思っても
行動しても
そうなりきることは
生きながらでは

そういうものをみないふりしたのが独歩だなあ
と感じる

これを受け止めて強く生きていける人間もいる
しかしそうできない人間ももちろんいる
ひとは拠り所をもとめ折り合いをつけ
この世の折り合いに疲れたものは去る

批判でありながら敬意を
信じていない心持でありながら期待を
諦めながらも成就を
アンビバレンツを抱えながらもバランスをとって生きてゆける
違う世界を遠くでみつめ我の関わらぬところでのその貫を願う
思想が相容れなくても全否定ではなかったのではないだろうかと感じた

ただ住人にもなりえないことは至極当然のことなんだろう



国木田独歩:(くにきだ どっぽ、男性、明治4年7月15日 - 明治41年
         小説家、詩人、ジャーナリスト、編集者
         千葉県銚子生れ
         代表作:「武蔵野」「牛肉と馬鈴薯」「運命論者」「竹の木戸」など

         青空文庫よりwebで読むことができます(リンクあり) → 青空文庫
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