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耳鳥斎(じちょうさい)の地獄

エントリーはしませんが、ブログネタに興味のある話題があったので、
【1分だけ行くなら天国? 地獄?】
前から思っていることをひとつ。


耳鳥斎っていう鳥羽絵師をご存知ですか。
まず鳥羽絵(とばえ)というのは江戸時代の中期に大阪で流行った、今で言う漫画。

公式の紹介文を少し抜粋します。
鳥羽絵(とばえ)
 鳥羽絵は江戸時代中期に大坂で流行った滑稽な絵である。
手足が異様に細長く、目は黒丸か「一」文字に簡略化され鼻も低く大きな口を持ち、誇張と動きがある。
この誇張と動きは、現代の漫画にも通じるものがあり鳥羽絵はその後、
北尾政美の『略画式』や葛飾北斎の『北斎漫画』などを経て
G.ビゴ-の時局風刺雑誌『トバエ』やポンチ絵へと続いて行く。
「トバエ」という言葉が「漫画」を意味する言葉として大正期まで使われていたことからも
その影響力の大きさが窺える。

 鳥羽絵は版本の形で大坂から瞬く間に全国に広がっていった。
描かれるテ-マが主として庶民の生活に向けられていたため、
庶民は受け入れやすく軽妙で面白おかしい描写に笑い転げたのではないだろうか。
世界に類を見ないといわれる「マンガ」文化を持つ日本だが、
案外こんな頃から培われて来たのではないかと思える。


耳鳥斎(じちょうさい)
 近世大坂画壇の中でとりわけユニ-クな存在としてあげられるのが耳鳥斎である。
生没年不明だが、安永期ごろの人で本名松屋平三郎、
住居は京町堀または江戸堀あたりと言われ、生業は酒造業、のち骨董商を営んだといわれる。
この人は、本業はともかくとして画業のほか素人浄瑠璃でも名人で
当時の大坂では有名であったらしい。いわゆる典型的な町人旦那芸を身につけた人物といえる。
 彼の描く絵は戯画性と言う意味で鳥羽絵の延長線上に置かれるが、
滑稽や風刺だけでなく速筆略画の中に市井の風俗や情感も交えて
描かれおかしみの他にしみじみとした深い味わいがある。

以上、抜粋終わり


わたしの地獄のイメージとは。
誰も行ったことも見たこともないんだからイメージは自由でしょ。
これです。
耳鳥斎の地獄絵巻 』 (以前書いた記事です。リンクあり)


わたしは幼稚園がキリスト教の幼稚園で、
(宗教的なものは何もなく単に近かったので通っていたのですが)
園長先生がグリーンランドの方でかなり敬虔なクリスチャンでした。
関連記事「ウリムーロール

日曜日に礼拝にいったり、聖書を読んだり、食べる前にお祈りしていたんだよ。
今でも聖書の内容は覚えてます。ところどころ抜けてます。子供用の聖書だしね。
その後、ホテルに泊まると聖書が必ずおいてあるもんで、
大人用の聖書も読んでいました。
それで、幼少から触れ合ってきて、
わたしなりにいろいろ読み、咀嚼して、
わたしが出した結論。

キリストは猫だが、キリスト教は猫の媚態を真似る人間のようである。

意味を説明する気はありません。なんとなく感じ取るくらいで。


神になど救われたことはない。
ただ、その戒律を信じて守って殉じている人には救われたことはある。
わたしを救ってくれるのはいつも人です。
その方は三浦綾子先生。 『三浦綾子さんについて 』(小説カテゴリ、リンクあり)
なぜかと言うと、三浦さんは三浦さんの美学に殉じた生き方をなさっていたからでしょう。
太陽はいつも雲の上にという著書の、あるひとつの言葉は今でも忘れません。
宗教的に共感できないけど、それを信じている人を尊敬するってことはあるものです。

ダンテの神曲などを読んだときも思ったのですが、天使と悪魔なんて紙一重だなと。
むしろ、大義名分の正しいを押し付ける天使はうさんくさい。
ディアボロスを観たときも思ったこと。おんなじ。天使も悪魔も。
ただ悪魔のほうが、人間に関心がある。

これも全部人間が作った勝手なイメージ。

だからわたしも勝手なイメージがある。


わたしにあるイメージの中では、
天国になんの魅力も感じない。
それはわたしの感じるものだから。
ここでいう天国は、キリスト教でいう天国ですね
ユダヤ教の第七天国には興味がある。
見たことある人いたら是非おしえてもらいたい気もするし、
おしえてもらわなくてもいい気がする。

地獄とは、日常の中にある、滑稽なおかしみ。
ここでいう地獄は耳鳥斎(じちょうさい)の地獄
それも全部笑ってしまおう。


誇りとおもっても見栄だったり
向上心と思っても欲望だったり

天国と地獄は紙一重
この世はすべて遊び場
地獄も遊び場
社会はこれすなわちひとつの大戯場 


~耳鳥斎~


YAMAHAのような理念で、耳鳥斎のようなコンセプトで現世の生をまっとうする。
ままならないことは、笑う。
それが理想
ただやっぱり現実はままならないよ

それでもいいんだけど。

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