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ネグレクト

最近みかけたニュース



大阪で起きたネグレクト事件


この件について、RSSで巡回している先のブログ主さん(非アメブロ)の記事をみて思うところがあった

トラックバックしたいのだけど、どうもうまくいかない

この方はブログ紹介URLを公開し、提供して下さっているので、そちらを利用させていただきます

児童虐待を減らす為に - 俺の邪悪なメモ


この事件について何を思うか

わたしは自分にもこの可能性はあった、ということです

ミクロとマクロを分けて考える…大いに同意です
この親を単純に批判はできない自分がいます


この中でもうひとつ、リンクを貼られている中でも言われている、

「誰が誰をネグレクトしたの?」

これも考えるところがあります


この中で、

>20代で結婚して出産した人が離婚したら、自動的に“誰かが支援する必要”があるってことでしょ。
>支援するのは誰?
>・別れた夫(慰謝料、養育費)
>・実家の親
>・公的福祉(生活保護)
>でしょうか。現実的には、別れた夫(夫も若いでしょうし)が自分の生活費に加え
>“母子3名の生活費”を払い続けるのも、このご時世では苦しいでしょう。

>つまり、20代で結婚、出産した女性が離婚した場合、
>(1)本人がトップ女優や歌手で高額収入がある
>(2)別れた夫に相当の稼ぎがあり、母子3名の生活費を何年にもわたって払い続けられる
>(3)実家の親が助ける
>で、ないかぎりは、
>(4)生活保護で食べていく
>しか、母子に生きる道はありません。



これ以外の例ももちろんあるでしょうが、
見当違いに遠いとも思えない


自分もその立場であったので実情はよくわかります

自分の場合、
トップ女優etcではないですが、

>・別れた夫(慰謝料、養育費) →物理的に無理(対象者がいない)
>・実家の親 →同上

この2つが無い状況でやってこれたのは、ひとえに時勢と人に恵まれたからです

わたしが子供を産んだあと仕事をみつけようとしたときは、
かなりの売手市場でした


自分は「各種資格」をかなり持ってます
就職前にとったものもあるし、就職後にとったものもある

しかし、正直言うと、
特殊なもの以外はオマケだと思うんですよね

コネもなく、
人柄にもさして差がなく、
どちらも選び難い…という場面で少しは効果があるかもしれない

それくらいのものだと思うのです

だから自分がまかなってこれたのは、
何かができるからでなく
その時期は人手不足だった

そして雇用してもらえたので、その後も資格をとりまくった

ほとんど運の要素です

とったことにより重宝されることもあります
ドーザやフォークなどがそうでしたね
でもこれがあるからといって切られないわけでもない

だからかどうかはわかりませんが、
不安からか…やる気からか…
とにかく、やっとけばよかった…となりそうな要素は
排除しまくりたかったです

(2)や(3)がないと、
どっか精神的に追い詰められることがやはりあるのではないだろうか…と思うのです


では生活保護というと…
これまた受けるためにはいろんな制限があります

>・公的福祉(生活保護)

この、リンクを貼らせていただいてる罪山さんのブログに
「出あい系のシングルマザーたち」という著書の紹介がありますが、

一部抜粋
>本書は、出会い系サイトで売春をするシングルマザーたちを追ったノンフィクション。
>児童虐待の本ではありませんが、
>困窮したシングルマザーたちが追い詰められていく様子が非常にリアルに描かれています。

>本書の中に「他人に頼りたくない」といって、生活保護を受けずに売春をしている母親が登場し、
>俺は軽い衝撃を受けました。
>よく生活保護を「甘え」だとする意見がありますが、
>彼女自身そう考え、甘えずに売春という違法行為に手を染めているのです。

>これは彼女自身の(愚かな)選択ですが、
>その背景には「シングルマザーでも福祉の助けなど借りず子育てすべき!」
>という世間の声があります。

>繰り返しますが、シングルマザーの平均年収は214万円です。
>これでも子育てしていくのは相当厳しいですが「平均」ということは、
>これ以下の人が大多数いるということです。
>彼女たちは本当に福祉の助けを借りずに売春すべきなんでしょうか?

>もちろん、否です。

>問われているのは、必要な福祉が受けられない人や、
>自分から必要な福祉を拒否してしまう人に、どう手を差しのべるかだと思います。



この声は大小はわからねども確かにあります

しかし、心情的なことを言っていられる間はまだ余裕があるということです


当初は生活保護も受けられるレベルでしたが、
わたしが生活保護を避けたのはいくつか理由があります
つまり、まだ余裕があったということです

もうダメだ…までいってなかったから避けた

いくつかの理由のひとつは「車を持てない」、ということ

~北海道で車ないって地方都市では致命的~
そんなことを考えられるくらいだったのです

中古で安い軽を買い(10万以下)、年間維持できる程度は稼げた

お水もやったし、バイトもなんでも

だから「自由」をとれたのです
選ぶ余地があった


でも、選べない人もいる

時代も運も人も
個人の能力だけで補えないときが絶対的にある


もし子供が難病だったら
自分が健康でなかったら

いまこうしてないでしょう
いろんな人やものに助けられ、やってこれました


助けについては親がいるだけでもかなり変わる
天と地ほども変わるでしょうね


その部分がない人を変わって助けるのが行政や福祉で
それでも追い詰められてゆく人は存在します

ネグレクトをした親の擁護はけっしてしてませんよ
でもね、子供が幸せであるためには
親も幸せでないと難しいのです


この記事を書くにあたって心を動かされたのはこの部分です

>>だったら、市役所で離婚届けを受け付ける時に、
>>・母親がトップ女優や歌手ではなく、
>>・父親が支払うと約束した額と現実的な支払い見通しが不十分で、
>>・実家に、生活を支援する財力と予定があると確認できなければ、
>>「では、このまま生活保護課に行って、手続きしていってくださいね」と、
>>離婚届けを受理する係の人が、
>>離婚届けと引き替えに生活保護申請書を渡しながら言う必要があるんじゃないの?

>俺はこれ、スゴくいいなと思いました。それは最後の「必要な生活保護の手続きを促す」という部分ではなく、
>その前段階に市役所の係の人が母親に生活能力があるかどうか確認するプロセスがあることです。
>だってそれは
>「ここにあなたの生活を心配している人間がひとりいる。役所にはあなたが困ったときに助ける準備がある」
>というメッセージを送ることになるからです。


わたしができることなどたかがしれてますよ
いつもいうように、
世界中の人が幸せになりますように、なんて
叶えばそりゃいいだろうけど大それている

言うのは易し
行うは難し

でも、それでも
おなかを空かせた子がいるのはいやだ
明日のごはんもわからない子をみるのはいやだ

だから今の自分に出来る程度は

ずっと面倒はみられない
でも今おなかが空いてるのなら
サイフに1000円入ってて帰りのバス代が500円かかっても
歩いてもお腹が減ってどうにもできない子に1000円分食べさせたい

それはわたしがみてられないからで、その子が望んでるかどうかもわからない

偽善でも
今日はお腹が空いたことを思い出さなかったり
大きくなって、誰かはわからないけど助けられたことがあったなあ…と
誰も助けてはくれない、という思いを抱かないかもしれない

自分が1回美味しいものをたべるなら
食べさせたい、
理由はそれをみてるのは自分が哀しいから

しかし継続して一生面倒をみることはできない

この程度の思い



何か縋るもの、頼るもの
まわりに誰もいなくても
最後には役所がある

そう思ってほしいし、そうなるようにしたい



『誰も知らない』という映画も
ネグレクトのお話ですが、
4人の子供をおいて長期間にわたり家をあける親を待つ子供たちが描かれています


映画についてはいろいろあるのですが、それは今回は割愛しまして、
こういう環境下に置かれた子供は
いろんなことがよくわかっている…と思わせるエピソードがあります

少しだけ内情をわかってるっぽいコンビニバイトのお姉さんに
「バイトできないか?」と子供はたずねます

「ごめんね、12歳だよね?バイトは16歳からなんだ」
「市や行政の人に親が帰ってこないって相談したほうがいいよ」

そこで4人兄弟の長兄(やぎらゆうやくん)は

「そうしたら、みんなバラバラになって4人で暮らせないから…」

と言うのです

親は帰ってこなくて仕送りも途切れ途切れで
明日のごはんもわからない状態で、
彼はそう言います

行政に頼る、保護を受けるということは、
自分の希望が通らなくなることでもあります

この環境下におかれた子供は、
そのことをよくわかっているのです

わたしは、まだ「余裕」があるから「自由」をとった
でも子供は、
「年齢が子供である」というだけで
どうしてもできないことがあります


本当はもっともっと
ギリギリになる前に
補助に縋れるようになれば…


他人でも行政でも
なんでも


どうにもかなしくてやりきれない


これからも自分は
手の届くまわり
しかも限られたところにしか力は及ばない

そんな程度です

ただ、続けられる限りは続けたい


そう思ったニュースでした

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