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気持ちの所在

気持ちがどこにある…

と示すときに、
指を指す場所がある

「自分ですか?」

と確認するときのジェスチャーで指す部分

鼻の頭、唇、胸の辺り
いろいろあるのだが
お国柄もある
その辺はまた別件で

気持ちの場所
自分は、脳だとは思う
けど、
頭にある脳じゃない気がしてた

「頭じゃなくて気持ちで考える」なんて言葉を目にすると、
じゃあ「気持ち」はどこにあるんだと

思考は全部脳ではないかと思いもするのに、
何か違うところにあるような気もする

この「気持ち」も、実際は「考える器官」=「脳」が考えているものではないか

それなのにどっか違うところにある気が漠然としていた


「第三の脳」という本を読んだ
ここで示す第三とは皮膚

では第二はなにか
それは消化器官
人間で言うと腸

実はこの第二の脳に関しては、かなり研究されている
例にとるとハムスター
そして消化器官しかないミミズでも研究がすすめられている

詳しいことははしょるが、
それを専門に研究している人々が
なんらかの証明を得たり、
手応えを感じたということ

自分自身は研究したわけではないので、確信があるわけではない

でもこの話を聞いて、俗にいう「別腹」というものも、
第二の脳になんか関係があるのかも…と感じた


この第二の脳は人間においても、
かつては第一の脳であったのかもしれない
もちろん進化論が根本にあると仮定して
退化や進化の話になると話がずれてゆくので、
第二の脳についてはここで留めることにする


そこで第三の脳、皮膚

いつも自分が感じる細胞の反応とは、
第一の脳以外の働きではないかと思うところがあり、
この説をみてなんとなく溜飲がさがったのだ
それでも、なんとなく、である
この世の中の概念は、すべて真偽はわからない
宇宙の成り立ちもわからないし、
いろんな説があっても絶対と言えるか?
いえないからいろんな説がある

しかし、なんとなく漠然と思うことが「あっている」と感じる
真偽のわからない、
いろんなものがあふれている世界で、
たくさんの情報を得たとしても真偽を判別し得ることのできないRight
それを導くのは漠然とした後押しで説明も解説もできない
自分が感じるRightでいい

漠然と思う方向
それが同じであったり違ったりは当然あることだ
それが同じ方向であればシンクロする

これは「気持ち」のシンクロ

わたしが考えるところの第三の脳、皮膚や細胞の、
つまり「気持ち」がここに所在している、と感じるもののシンクロ

だから考え方(第一の脳で思うこと)が違っても、
絶対に相容れないということはないし、コミットも可能だが、
気持ちの所在(第三の脳で感じること)が違うと相容れないものなのではないだろうか

まあこれも漠然と思うことであるけれど



面白い本でした
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